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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)3689号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金八〇〇〇万円及びこれに対する平成二年四月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告との間で店舗総合保険契約及び一般普通火災保険契約を締結した原告が、平成二年四月六日に保険事故が発生したとして、別紙「原告の損害」に記載の損害一億四四三九万七〇〇〇円の内金八〇〇〇万円を被告に請求した事案である。

一  前提事実(特に証拠を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。)

1 原告は、乙山商会の名称で、パチンコ台の解体等の仕事をしている者である。

2 被告は、損害保険事業等を業とする株式会社である。

3 原告は、被告との間で、次の(一)及び(二)の保険契約(以下二つの保険契約をあわせて「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 店舗総合保険契約(以下「本件店舗総合保険契約」という。)

契約年月日 平成二年一月二六日

保険の目的 愛知県春日井市《番地略》に所在する鉄骨造スレート張りスレート葺平家建倉庫(以下「本件倉庫」という。)に収容された商品一式

保険期間 平成二年一月二六日から平成三年一月二六日午後四時まで

保険金額 三四八一万円

なお、保険金額が三四八一万円とされたのは、本件倉庫に収容された商品であるパチンコ台基盤ボックス等について、原告からそのような価額の申し出があったためである。

保険料 五万五七〇〇円

(二) 一般普通火災保険契約(以下「本件火災保険契約」という。)

契約年月日 平成二年三月一七日

保険の目的 本件倉庫に収容された商品一式

保険期間 平成二年三月一七日から同年五月一七日午後四時まで

保険金額 一億二七四〇万円

なお、保険金額が一億二七四〇万円とされたのは、本件倉庫に収容された商品であるASTRE七〇八(貴金属の洗浄剤である。以下「アストル」という。)について、原告から仕入単価が一八二〇円で本数は七万本であるという申し出があったためである。

保険料 六万四九七〇円

4 本件倉庫において、平成二年四月六日、火災(以下「本件火災」という。)が発生した。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の主な争点は、本件保険契約が公序良俗に反し無効であるか否か、原告は店舗総合保険約款二六条一項及び四項並びに普通火災保険約款一七条一項及び四項に規定する「提出書類につき、知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をした」ものであって、被告は同約款に基づき損害てん補責任を免れるといえるか否かである(以上二つの争点は、被告の選択的主張にかかるものである。)。

1 公序良俗違反について

(一) 被告の主張

以下の事情を総合すれば、本件保険契約は、原告において多額の保険金の不正取得を目的として締結したものであることが明らかであるから、公序良俗に反し無効である。

(1) 原告の職業及び経歴

原告は、昭和三六年ころから露天商の手伝いをし、昭和四五年から昭和五七年までは暴力団組員であった者であり、昭和五五年ころからパチンコ解体業を始めたが、これまでに本件保険契約の目的となっているアストルと同様な宝石の洗浄剤を扱う商売に関係したことはない。

(2) 原告の犯罪歴

原告は、覚せい剤取締法違反罪により二回の有罪判決(二回目は実刑判決)を受けたことがあるが、さらに、アストルを積んでいたトラックが追突されたのを機に、その追突事故によりアストルが壊れたもののように装い、追突した車の運転手から五〇万円を恐喝したという公訴事実で、有罪判決を受けている。

(3) パチンコ中古台等の保険価額

原告は、一台当たり二〇〇円から三〇〇円の処分料をもらって引き取って来たパチンコ中古台を選別し、そのまま売ったり、解体してIC部品を再生したりする作業をしていたが、損害保険における保険価額の評価は再仕入価額によるから、二〇〇円から三〇〇円の処分料をもらって仕入れているパチンコ中古台の評価額はマイナスとなる。また、原告は、洗い液をバケツの中に何杯も入れ、これにパチンコのロムICを放り込んでおいて一晩放っておくなどという手作業により、IC部品の再生をしていたというのであるから、再生加工賃を入れても、再生したIC部品の評価額はやはりマイナスとなる。

他方、原告がパチンコ中古台を有償で仕入れた総数は、ヤコウ運送からの五〇台(一台の仕入額は二〇〇〇円から五〇〇〇円)にすぎない。

したがって、本件倉庫内のパチンコ中古台についていえば、再仕入価額は最高でも二五万円(五〇〇〇円×五〇台)にしかならない。

(4) アストルの保険価額

アストルは、ジャパン・セパ株式会社(以下「ジャパン・セパ社」という。)によって製造され、その原価は原液が二〇円位、びん、箱、運賃等を含め五〇〇円位のものであり、石鹸等を製造しているフランスのセパ社とは全く関係がない偽ブランド商品である。

しかして、アストルは、デパートでは売れず、岐阜市の有限会社ニッシン総業(以下「ニッシン総業」という。)が取り扱うことになったものの、なおもさっぱり売れなかったため、ニッシン総業は、ジャパン・セパ社へ買掛金を支払うことができなくなり、昭和五九年七月ころ倒産するに至った。

そこで、ニッシン総業の債権者である金融業者の近藤明(以下「近藤」という。)は、債権のかたとしてアストル一〇万五〇〇〇本位を取得したが、売却することもできず、これをそのまま自己のもとで放置していた。

このように、アストルは昭和五九年七月ころから放置されていたいわばデッドストック商品であったところ、原告は、平成元年一、二月ころに近藤方で右のアストルの存在を知り、平成二年三月初めころ、電子部品関連商品を取り扱っている有限会社タローの代表取締役である陳太郎(以下「陳」という。)にアストルの売却先を探して欲しい旨依頼した上、同月八日、陳のもとに四トン車一台で三万本のアストルを運び、その引渡と引き換えに一〇〇万円を借り受けた。

以上によれば、アストルの再仕入価格は最大限に見積もっても、三万本で一〇〇万円であるから、一本三三円三三銭であり、七万本では二三三万三一〇〇円にしかならない。

(5) 本件保険契約締結の経緯

原告は、昭和六〇年ころに積立ファミリー交通傷害保険契約(以下「積立交通保険契約」という。)を締結したことがあるオザワ保険の電話番号を被告の春日井支社に電話をかけて聞き出し、平成二年一月二六日、オザワ保険こと小沢司に対して積立交通保険への加入申込をし、次いで同人を本件倉庫に案内した。そして、本件倉庫内にパチンコ基盤等三四八一万円相当分の商品があるかのごとく申し向けて、積立交通保険契約と本件店舗総合保険契約を締結した。

また、原告は、平成二年三月一六日、右小沢を本件倉庫まで呼び出し、本件倉庫内にあるアストルを見せて、一本一八二〇円の商品であり、七万本の在庫があると申し向け、保険金額一億二七四〇万円の運送保険を被告との間で締結した。

さらに、原告は、翌一七日、右小沢に連絡して、右運送契約を解約し、本件倉庫に収容された商品一式を保険の目的として、保険金額一億二七四〇万円の本件火災保険契約を締結した。

(6) 本件火災の発生等

平成二年四月六日午後七時ころ、本件倉庫内の事務室から最も離れていて、商品が山積みされており、全く火の気のないところから火が出て、内部の商品を一部焼毀した。

なお、原告がこれまでに火災を起こした回数は、本件火災を除いて四回ある。

(7) 保険金請求の経緯

原告は、本件火災発生後、本件保険契約に基づく保険金の請求手続に関して、小沢司に対して全く相談をしなかった。

そして、原告は、本件保険契約に基づく保険金の請求について、丁原組系戊田組若頭であり甲田組組長である甲田松夫とともに、直接被告の春日井支社に乗り込んで来ている。

(二) 原告の主張

本件保険契約は公序良俗に反するものではない。

(1) 原告の職業及び経歴

原告がかつて暴力団組員であったことは事実であるが、昭和五七年には暴力団を脱退しており、またパチンコ解体業は何ら非難されることのない正業である。

(2) 原告の犯罪歴

原告に前科があることは、本件保険契約について、何ら公序良俗違反を理由付けるものではない。

(3) パチンコ中古台等の保険価額

原告は、パチンコ中古台を全て解体処分していたわけではなく、整備可能なものは整備して台湾や韓国に輸出したり玩具屋に販売したりしていた。そして、倉庫内の売却可能な台は、最低でも一台当たり一万二〇〇〇円の価値を有していた。

また、原告は、すべて手作業により、パチンコ中古台から一つ一つICを取り出してその再生も行っていたが、そのように再生したICは、折からのパチンコブームもあって、莫大な利益をあげるものであった。

(4) アストルの保険価額

原告は、平成元年四月ころ、近藤からアストル一〇万本を単価一八二〇円で購入し、平成二年三月には有限会社タローに対し、アストル三万本を単価二〇〇〇円で販売しているのであって、アストルは一本当たり一八二〇円の価値を有するものである。

(5) 本件保険契約締結の経緯

原告は、原告の妻が癌で入院したため、パチンコ中古台の解体作業等に従事することが困難となり、これを倉庫で保管する関係上、店舗総合保険に加入する必要が生じたところ、以前にオザワ保険こと小沢司を通じて保険契約を締結したことがあったことから、右小沢を介して本件店舗総合保険を締結したものである。

また、原告は、アストルは近藤から仕入れた金額の価値があると認識していたので、これを多量に運送するのに備え、万全を期するため、運送保険契約を締結したが、その運送が取り止めになったので、右小沢と相談して本件火災保険契約に切り換えたまでである。

(6) 本件火災の発生等

本件の火災原因は現在まで判明していないが、原告自身又は原告の指示を受けた何者かが火災を発生させたものでないことは明らかである。

原告は、以前にも何回か火災被害にあったが、その際火災保険をかけていて保険金を詐取したなどということはない。

2 保険約款違反について

(一) 被告の主張

(1) 本件店舗総合保険契約の約款二六条一項及び本件火災保険契約の約款一七条一項には「保険契約者または被保険者は、保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、これを当会社に遅滞なく通知し、かつ、損害見積書に当会社の要求するその他の書類を添えて、損害の発生を通知した日から三〇日以内に当会社に提出しなければなりません。」と規定され、本件店舗総合保険契約の約款二六条四項及び本件火災保険契約の約款一七条四項には「保険契約者または被保険者が、正当な理由がないのに第一項または第二項の規定に違反したときまたは提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは、当会社は、保険金を支払いません。」と規定されている。

(2) 原告は、平成二年四月二四日、被告に対し、本件火災による損害の現在高ならびに損害見積明細書を提出しているところ、その中には「パチンコ基盤ボックス一三八六個、単価三〇〇〇円、損害額四一五万八〇〇〇円、パチンコ中古台(コンピューターセット)七二四台、単価一万二〇〇〇円、損害額八六八万八〇〇〇円、アストル六万九八〇〇個、単価一八二〇円、損害額一億二七〇三万六〇〇〇円」との記載があるが、前記一1(一)(3)及び(4)で述べたとおり、パチンコ中古台の保険価額は最高でも二五万円であり、アストルの保険価額は最高でも一本三三円三三銭で六万九八〇〇個では二三二万六四三四円であるから、右の記載は原告の故意による不実記載である。

また、原告は、平成二年六月一二日ころ、被告に対し、回答書を提出するとともに、その疎明資料として納品書(控)、領収書を提出しているところ、回答書には「原告が有限会社タローにアストル三万本を一本二二〇〇円で委託販売し、平成元年三月八日、一部代金として一〇〇〇万円を受領した」との記載があり、納品書(控)には「乙山商会が有限会社タローに対し平成二年三月八日にアストル三万本を単価二〇〇〇円で納入した」旨が記載され、領収証には「乙山商会が有限会社タローから平成二年三月八日にアストル三万本の一部代金として一〇〇〇万円を受領した」旨が記載されているが、前記一1(一)(4)で述べたとおり、原告は有限会社タローを経営する陳のもとへ平成二年三月八日にアストル三万本を運び、その引渡と引き換えに一〇〇万円を借り受けたのであるから、回答書、納品書(控)、領収証の記載は原告の故意による不実記載である。

(3) 以上によれば、原告には本件店舗総合保険契約の約款二六条四項、本件火災保険契約の約款一七条四項に該当する事実があるので、被告は本件保険契約に基づく保険金の支払責任を免れるものである。

(二) 原告の主張

原告は、有限会社タローに対しアストル三万本を単価二〇〇〇円で販売しており、納品書(控)は真実が記載されたものである。

すなわち、有限会社タローの代表者陳は中国人であり、アストルを台湾に陸揚げさせ次第代金はすぐに支払うという約束であったが、同人から「陸揚げの際、関税を安くするために単価を二〇円としたが、カタログでは単価二八〇〇円となっているため税関を通過できない。そこで、税関を通過するための領収書がほしい。」と言われたため、原告はやむなく内金として一〇〇〇万円の領収書を作成、交付したものであり、真実が記載されたものではないが、右領収書は保険金請求を目的として作成されたものではなく、提出書類につき不実の表示をしたとはいえない。

仮に原告が提出した書類に不実の表示があったとしても、原告は保険事故の発生については通知しており、通知義務を補完するにすぎない証拠提出義務の違反にすぎないのであるから、保険者である被告は支払義務を当然に免れるというものではなく、証拠提出義務違反によって保険者に損害が生じた場合にその限度において支払義務が免除されるものというべきである。そして、被告は原告の証拠提出義務違反によりどのような損害を被ったのかについては主張、立証を行っていないから、被告について支払義務が免除されることはない。

第三  争点に対する判断

公序良俗違反の点について

一  証拠によれば、次の事実が認められる。

1 原告の職業及び経歴

原告は、昭和四五年から昭和五七年までは暴力団組員であったもので、昭和五五年ころからパチンコ解体業を始めているが、本件倉庫に保管されていたアストルと同様の貴金属の洗浄剤を扱う商売に関係したことは一度もない。

2 原告の犯罪歴

原告は、丙川某がアストルを積んだトラックを運転中に追突されたのを機に実際には壊れていなかったにもかかわらずアストルをハンマーで割って追突事故で壊れたもののように装い、トラックに追突した自動車の運転手から五〇万円を喝取した恐喝事犯について、右丙川の共犯として起訴され、平成三年の一〇月に第一審において懲役一年三か月の実刑判決を受け、平成四年一月には控訴棄却の判決を受けている。

3 パチンコ中古台等の保険価額

(一) 被保険利益の評価額である保険価額は、商品の場合には再仕入価額を基準として決定される。

(二) しかるところ、本件店舗総合保険契約の目的とされた商品の再仕入価額は、次のとおりである。

(1) 原告は、大部分のパチンコ中古台については、お金を払って仕入れるのではなく、一台当たり二〇〇円から三〇〇円の処分料をもらって引き取って来ていたのであるから、パチンコ中古台の再仕入価額はむしろマイナスである。

また、原告は、パチンコ中古台を解体し、そこからICを取り出して再生するという作業も行っていたが、その再生方法はシンナー等の洗い液をバケツの中に何杯も放り込んでおいてパチンコのICを一晩つけておき、窓の上のシールをはがして直射日光に当てるという手作業によるものであるから、再生加工賃を含めても、パチンコ中古台から再生したICの再仕入価額がプラスになるとは考え難い。

(2) もっとも、原告は、昭和六三年六月ころから九月ころにかけて、ヤコウ運送(斎藤寛治の個人経営)からパチンコ中古台約五〇台を一台約二〇〇〇円から約五〇〇〇円で買い取ったことがあるが、その他に原告がパチンコ中古台を有料で仕入れたことを認めるに足りる証拠はないので、パチンコ中古台及びパチンコ台基盤ボックスの再仕入価額は最高でも二五万円(五〇〇〇円×五〇台)である。

また、原告は、有限会社タロー、新井商店などからICなどを仕入れることもあったが、その仕入値は約一〇〇円から一三〇円であったのである。(なお、原告の陳述書には、ICの新品を台湾から買っていたとの記載があるが、これを裏付ける証拠は全く提出されておらず、この記載部分を採用することはできない。)から、別紙「原告の損害」記載のIC、ダイオード、トランジスターなどの再仕入価額は最高でも二〇万四一〇〇円(一三〇円×一五七〇個)というべきである。

(三) 以上によれば、別紙「原告の損害」記載のパチンコ中古台、ICなどの再仕入価額は、最高でも四五万四一〇〇円であり、保険価額も最高でも四五万四一〇〇円であるから、本件店舗総合保険契約の保険金額三四八一万円は被保険利益の評価額である保険価額を著しく超過するものというほかはない。

4 アストルの保険価額

(一) アストルの商品価値について

(1) アストルは、ジャパン・セパ社(同社は、昭和五八年七月に株式会社レオシステム産業から商号変更された会社であり、昭和六一年六月には易原株式会社に商号変更されている。)が開発したもので、その原価は原液が二〇円位、びん、箱、運賃等を含めても五〇〇円位であり、石鹸等を製造しているフランスのセパ社とは全く関係のない商品であった。

(2) しかして、アストルは、日用品雑貨等の販売業者であるニッシン総業によって販売されたがさっぱり売れず、昭和五九年七月ころ、ニッシン総業が倒産するに至ったことから、金融業者である近藤により、約一〇万五〇〇〇本が近藤のニッシン総業に対する債権のかたとして取られ、いわゆる現金問屋等にすら売却されることもなく、そのまま近藤のもとで放置されていた。

(3) 原告は、平成元年一、二月ころ、右のように近藤方で放置されていたアストルの存在を知り、同年四月ころ、原告において売却できた分ずつ代金を支払うとの約定で、近藤からアストルを仕入れることにし、平成二年二月下旬、アストル一〇万本の引渡を受けて本件倉庫に運び入れた。

(4) そして、原告は、平成二年三月初めころ、電子部品関連商品を取り扱っている有限会社タローの代表取締役である陳にアストルの売却先を探して欲しい旨依頼した上、同月八日に陳のもとに四トン車一台で三万本のアストルを運び込み、これを引き渡すのと引き換えに、陳から一〇〇万円を受け取り、陳に対して一〇〇万円の預かり証を交付するとともに、陳から商品預かり書を受領した。

(二) 以上によれば、アストルは、近藤が昭和五九年七月ころ債権のかたとして取得した後、平成元年一月ころまでの四年以上にわたり、売却もできず放置されていたもので、原告が入手した時点においては、その商品価値はほとんどなかったものと推認され、実際にも、原告はその後ようやく陳に対して三万本を引き渡すのと引き換えに一〇〇万円を取得できるに過ぎなかったことにかんがみると、アストルの再仕入価格は、最大限に見積もっても、一本三三円三三銭(一〇〇万円÷三万本)で、七万本では二三三万三一〇〇円となるから、保険価額も高々二三三万三一〇〇円であり、本件火災保険契約の保険金額一億二七四〇万円は被保険利益の評価額である保険価額を著しく超過するものといわねばならない。

(三) なお、この点について、原告の陳述書には、平成二年三月初めころ、陳との間でアストル一〇万本を一本二二〇〇円で売り渡す旨の合意ができ、同月八日に一〇万本を積んで陳のところに持って行ったところ、陳が手付金は一〇〇万円しかないと言ったので、その日は、商品を降ろすのを中止させた時点で区切りがよかった三万本を渡すだけとした旨の記載があるが、陳は、被告側の調査に対し、右アストルの取引について、原告からアストル三万本を持ち込まれ「母が入院中なので至急金が入用である。この商品を預けるから一〇〇万円を用立てて欲しい。」と求められたので、それに応じた旨答えていること、原告が一〇〇万円を受領するにあたり陳に交付した預かり証には一〇〇万円を預かった趣旨がアストル三万本の売買の手付金であることを窺わせる事項は何ら記載されていないこと、前記説示のとおりアストルの商品価値はほとんどないものであったと推認されることに照らすと、原告と陳との間でアストル一〇万本を一本二二〇〇円で売り渡すとの合意ができたものとは到底考えられず、原告の陳述書の右記載部分は採用できない。

また、乙山商会が有限会社タローにアストル三万本を単価二〇〇〇円で納入した旨が記載された納品書及び乙山商会が有限会社タローからアストル三万本の一部代金として一〇〇〇万円を受け取った旨が記載された領収証が存するが、これらは原告が平成二年五月二〇日ころ陳のもとを訪れ「火災にあったのでとにかくこういうことにしておいて欲しい。」などと話して一方的に置いていったものであって真実を示すものではないから、採用の限りでない。

さらに、原告が代表取締役をしている有限会社三栄が、「アストル七〇八(クリーニングセット)」という商品を、平成七年六月七日に単価三〇〇〇円で五〇セット、同年九月一日に単価三〇〇〇円で一〇〇セット、それぞれ売却したことを示す代金の領収証が存するが、右のアストル七〇八(クリーニングセット)は、本件保険契約の目的となったアストルとは異なる商品であるから、これをもってアストルの商品価値の判断資料とすることはできない。

5 本件保険契約締結の経緯

(一) 原告は、昭和六〇年ころに積立交通保険契約を締結したことがあるオザワ保険こと小沢司の電話番号を被告の春日井支社に電話をかけて聞き出し、平成二年一月二六日に右小沢に対して積立交通保険への加入申込みをし、次いで右小沢を本件倉庫に案内して、積立交通保険契約と本件店舗総合保険契約を締結したが、積立交通保険契約は契約締結後二、三か月で引落し不能により失効した。

(二) その後、原告は、平成二年三月一六日に右小沢を本件倉庫まで呼び出し、本件倉庫内にあるアストルを見せて、保険金額一億二七四〇万円の運送保険を被告との間で締結したが、そのころ原告にはアストルを運送する予定はなかった。

もっとも、原告の陳述書には、運送保険は平成二年三月一九日にアストル七万本を陳に納品する予定だったために締結したが、同月一七日に陳との間で代金支払について折り合いがつかず、結局納品を中止することになった旨の記載があるが、そもそも原告と陳との間で平成二年三月初めころアストル一〇万本を一本二二〇〇円で売り渡すとの合意ができたものと認められないことは前記4(三)で説示したとおりであるばかりか、仮に原告の供述を前提にしても、平成二年三月八日に納品したアストル三万本につき一〇〇万円の支払しか受けていない原告において、その残代金の支払についての合意ができていないにもかかわらず、さらに七万本の納入を予定するというのは不自然であることからすれば、原告の陳述書の右記載部分は到底採用することができない。

(三) そして、翌一七日、原告は、右小沢司に電話して右運送保険を解約し、保険期間が二か月間である本件火災保険契約を締結した。

6 本件火災の発生

平成二年四月六日午後七時ころ、本件倉庫内の事務室から最も離れていて商品が山積みされており、全く火の気がないところから火が出て、内部の商品が一部焼けたが、本件火災は火の気のない倉庫内で発生したものであり、いわゆる不審火である。

二  そこで、前記一の事実に基づき、本件保険契約が公序良俗に反するものであるか否かを判断する。

まず本件保険契約の保険金額をみると、本件店舗総合保険契約の保険金額三四八一万円は被保険利益の評価額である保険価額四五万四一〇〇円の約七六倍であり、本件火災保険契約の保険金額一億二七四〇万円は被保険利益の評価額である保険価額二三三万三一〇〇円の約五四倍であって、いずれの保険も保険金額は保険価額を著しく超過する不合理なものである。さらに、本件店舗総合保険契約は、積立交通保険契約と同時に申し込まれたものであるが、積立交通保険契約の方は契約締結後二、三か月で引き落し不能で失効しており、また、本件火災保険契約は、特に必要がないのに締結された運送保険契約の締結の翌日に、運送保険契約の解約とともに二か月の期間に限って締結されたものであるばかりか、それらの保険はいずれも被告あるいはその代理店からは何の勧誘もないのに原告から積極的に申し出て締結されたものであり、本件保険契約の締結の経緯には不自然なものがある。しかも、本件火災は、本件火災保険契約の締結後約三週間で発生している上、全く火の気がないところから発生した不審火である。加えて、原告は、それまで洗浄剤等の販売に関係したことはないのに、極めて多量のアストルを入手していたものであり、果たして実際にこれらのすべてを売りさばこうとしていたのかどうか疑問が残る。また、原告は、過去にアストルを種にして、恐喝罪を犯したこともある。

これらの事情を総合的に考慮すると、本件保険契約は原告が被保険利益を大幅に超える保険金を不正に取得する目的で締結したものと推認するのが相当である。

しかして、このような目的で締結された保険契約を有効として扱うことは、保険制度の悪用を是認することに他ならず、許されないから、本件保険契約は公序良俗に反し無効というべきである。

第四  結論

よって、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 山本剛史 裁判官 片野正樹)

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